佐治晴夫『星へのプレリュード』ひとの命は、星のかけら

宇宙の星を見つめる人

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まずは、J S バッハ「平均律クラヴィア曲集」 第1巻 第1番 ”プレリュード ハ長調” を聴きながらどうぞ。

こちらの曲は、無人惑星探査機「ボイジャー1号・2号」に搭載された曲です。

実際に、著者の佐治晴夫さんも「この曲でも聴きながらリラックスして読んでください」と言っています。

佐治晴夫のプロフィール

量子論的「無のゆらぎ」からの宇宙創生の理論で知られるが、1977年、NASAの宇宙探査機ボイジャーに、地球からのメッセージとしてバッハの音楽を搭載することの提案や、地球外知的生命探査プロジェクトにも関わった。現在は、宇宙研究の成果を平和教育の一つの題材として位置づけ、全国の学校への授業行脚を続ける一方で、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の宇宙連詩編纂委員会委員長なども務める。

出典: academyhills.com

佐治晴夫さんといえば「ゆらぎ理論」や「ボイジャー計画」でよく知られている物理学者です。

1/fゆらぎを扇風機に導入した「1/fゆらぎ扇風機」や「VHS3倍速モード」といった製品開発にも携わっています。

また、音楽家を目指していたがあきらめ、数学者を志すも断念し、ついに物理学者となった異色な経歴でもあります。

しかし、東京藝術大学にはそう簡単には入れるものではありません。それなりの基礎的能力のない私にはとても無理な話で、高校生のとき、その事実に直面して落胆し、打ちひしがれていました。しかし、なんとか気をとりなおし、「それではどうするか」を考えたのです。

なぜ私は藝大に入れないのか。演奏も基礎学力もまったく不足しているからです。だとすれば、自分には何ができるのか。自分にできるもので、音楽に感覚的に近いものは何か。私にとっては、それが数学でした。

入学直後は、「自分でも、それなりに頑張れば、いま授業を教えている助教授くらいにはなれるだろう」などと生意気なことを考えていたのです。ところが、周りは本当に優秀な学生ばかり。よく、小説や映画に「一風変わった天才」が出てきますね。本当に、社会生活には馴染めないけれどずば抜けて頭がいい天才たちがたくさんいました。

しかも、学年がすすむにつれて、いつかは追いつけるだろうと思っていた助教授との距離はせばまるどころか、広がっていくばかりです。自分のふがいなさに自信をなくしていきました。焦りましたし、「数学者などという職種には、とうていつけないだろう」と途方に暮れました。

出典: greenz.jp

そうした多様な経験があるからこそ、佐治さんのことばは専門分野を超えて聴かれています。

佐治さんのことばは、物理学者にとっての根源的な探究心や詩的欲求を感じさせてくれます。

ボイジャー計画とは?

ボイジャー計画(ボイジャーけいかく、英: Voyager program)は、アメリカ航空宇宙局(NASA)による太陽系の外惑星および太陽系外の探査計画である。2機の無人惑星探査機ボイジャー(英: Voyager)を用いた探査計画であり、1977年に打ち上げられた。惑星配置の関係により、木星・土星・天王星・海王星を連続的に探査することが可能であった機会を利用して打ち上げられている。1号・2号とも外惑星の鮮明な映像撮影に成功し、新衛星など多数の発見に貢献した。

(出典: ボイジャー計画wiki)

太陽系の外惑星および太陽系外の探査計画として、NASAによってはじまった「ボイジャー計画」

この計画の中では、「もし地球外知的生命に会えたら」と、地球のあらゆる音や音楽を入れた一枚のレコードを搭載しました。

そのレコードの中に先ほどの「バッハの曲」を入れる提案をしたのが佐治晴夫さんでした。バッハが数学的だからそうです。

ボイジャーに載せた レコード

ボイジャーに載せたレコード(引用wiki

 

ボイジャー探索機が見せてくれたもの

星へのプレリュード」では、ボイジャー計画のようすが書かれています。

特に、宇宙物理学の世界トップクラスの研究者の話がとても感動的です。

ボイジャーが海王星を通り過ぎるとき、海王星の映像と、それから衛星のトリトンの映像が、テレビは画面の中でどんどん小さくなる。ほんとうに胸が張り裂けそうでした。自分の子どもを二度と帰らない旅に出す、親の気持ちそのものでした

と言って、彼女はすっと涙を流したそうです。

「ボイジャー」は単なる機械(宇宙探査機)ですが、みんなで時間や思いをかけた立派な「子ども」のようだった。

また、ボイジャーが撮影した写真について、NASAの科学者はこう言ったそうです。

科学的には、あの写真を撮ったことの意味は、大きくはないと思う。なぜなら、どこに太陽があって、どこに地球があって、どこに火星があってなどということは、計算でをわかっている。 計算でわかっているからこそ、2月15日にボイジャーが振り向いてくれたら その写真を撮れるということが、実はわかっていた。つまり、あの写真は科学のために取ったのではない

そこで、「では、なんのために撮影したのですか?」と佐治さんがたずねると、

詩や芸術のためだ」と、彼女は答えました。そして、佐治晴夫さんはこの回答に衝撃を受けたみたい。

世界のトップとして、宇宙物理学の先端で研究している人々が、こんな気持ちをもって仕事をしていたとは。

世間がもつような狂った「科学者」のイメージからはだいぶ遠い気がします。



科学者はアーティスト?

佐治晴夫さんは、以前、宗教界の大御所と話をしたことがありました。

そのとき、「あなたは科学者ですか。詩人ですか。芸術家ですか」と聞かれたそうです。

私は科学でご飯を食べていますから、科学者です」と言おうとしたら、その言葉はさえぎられました。

「いや、あなたはアーティストですね。あなたは芸術家ですね。 ただ、あなたが使っている言葉が数学なんですよね。あなたが使っている言語が物理学なんですよね」

と、言われて大変嬉しかったそう。

佐治晴夫さんだからというのかもありますが、科学者だってアーティスト。科学を使って、表現をしているアーティスト。

なので、NASAにいる科学者たちのことばが詩的であるのは、不思議ではありません。

絵描きや、詩人、彫刻家だけがアーティストではない。それぞれ使用している「言語」が違うだけ。

ちきりんがさんが「自分の表現方法とで出逢いましょう。そのために、早期の教育でいろいろなことをさせましょう」

と言っていましたが、人によって表現方法が違うのです。

教師だって、プログラマーだって、演奏家だって、美容師だって、メガネ拭きだって、みんなそれぞれアーティストなのでは。

ひとの命は星のかけら 星が死んでひとが生まれた

最後に、『星へのプレリュード』の中でも、特に印象に残った話です。

人間はなぜ宇宙の中にいるか。 皆さんはどこから来たのか。 みんな星から来たんでしょう。皆さんはお忘れになっているかもしれないけれど 46億年前は、 皆さんも私も、小さい宇宙のひとかけらとして 太陽の周りを回っていたじゃないですか。

そして、地球できたわけでしょう。 皆さんが燃えてしまえば 真っ黒になる。 小鳥も燃えれば黒くなる。 それが命の源、炭ですよ。 炭素です。

その炭素は、どこから来たんでしょうか。星が光り輝くプロセスを考えてみればわかります。水素からヘリウムができ、ヘリウムから炭素ができ、 炭素にヘリウムがついて窒素ができ、 酸素ができ…ということをやって、 星は、皆さんの体の中の血液の中で、一番大切な役割を担う鉄を作ったところで、輝き続けることができなくなります。

そこで(星が)輝き続けることはできなくなった時に何が起こるか。 星は自分の大きな体重を伝えることができなくて、一気に収縮をして、そこで温度が1兆度ぐらいまで上がって 大爆発をして木っ端微塵に 宇宙空間にばらまかれるーー 星の壮烈な死です。 そこから何が生まれましたか?

アミノ酸が生まれます あなたがたのからだを作っている脂肪が生まれます 炭水化物が生まれます。つまり皆さんは、星のかけらなんですよ

講演会の記録なので詳しい説明は省力されていますが「わたしたちは、星が死んだことによって生まれました」

その中でも、たまたま「意識」を獲得したヒトは、様々なことに思いを巡らし、考え、悩んでいる。

でも、わたしたちという存在は、結局のところ、星のかけらとして生まれて、星のかけらとして死ぬ。

ロマンチックに聞こえますが、事実なのです。人間基準ではなく、宇宙を基準にものごとを考えてみましょう。

ときどき、満天の星空を見上げては、自分という存在の小ささを噛みしめたいものです。最近、星みてないなぁ。

ペンション・モーツァルト

こちらの『星へのプレリュード』を紹介してくださったのは、山中湖にあるペンションのオーナーでした。

ペンション・モーツァルト」という、泊まる人の世界観を変えてしまう伝説のペンションです。

まさに「ペンション・モーツァルト」にふさわしい本でした。オーナーさん、ご紹介ありがとうございました。




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